2016年01月17日

人生で大きな損をしないための秘訣のひとつ

なぜ、あなたは基礎の重要性をぼんやりと知りながら、それをおろそかにしているのでしょうか?
それは多くの場合、逃げているからです。
なにかに属すことで逃げ、勉強に逃げ、仕事に逃げ、起業すると言って逃げ、タレントになると言って逃げているのです。
恋愛や結婚、買い物で解消する人たちより、社会的には価値のないことに逃げているのです。


どうも、喫茶柊のマスター、えいすけです。
総合アドバイザーなどもしています。

逃げで実行したことに結果はついてきません。

では、なにから逃げているのでしょうか?

それは、今の自分自身です。
自分自身や自分の身近な問題から遠ざかるように逃げているのです。

多くの人は、身の程を知りません。
過小評価、過大評価だけではなく、自己判断を通そうとしたり、プロセスを妄想で埋めて結果が出せると考える思考パターンだったりと、「今の自分」と向きあうよりも時間もコストも労力もかかることをしています。
自分自身と向きあうのは心理的負担が伴いますが、時間もコストも体力もそんなに使うことはありません。
しかし、これらを多くの人は避けます。
避けるために発生するのがありとあらゆる言い訳と無駄です。

自分と向きあうと、まずわかるのは、わからないことだらけということです。
自分では解決できませんし、誰かに聞く方法もわかりませんし、スクールやセミナーなどでは、「そこじゃない」と感じることが多発します。
自分に向き合っていない人は、自分で解決できると思っています。
誰かに聞けたつもりになっています。
スクールやセミナーで向上した、気付きを得たと感じています。
この差が時間とコストの無駄=無価値なモノに対する消費になっているんです。
提供されている勉強も努力も聴講も経験も無駄になることだらけです。
あなたが自分と向き合っていなければ。

あなたが今、するべきことはなんでしょうか?

私のお店にお茶を飲みに来るだけで、なにをするかを私は提案することができます。
きっとあなたはその提案をありがたがるでしょう。
でも、それぞれのことが簡単なこと過ぎて、練習も誰かに試してみることもしないでしょう。

話しを聞いて「わかった」から「できる」と思う人は消費者なんです。
その他大勢なんです。

与えられて喜ぶだけの人は成功しません。
幸せにもなりにくいでしょう。

常識とルールに従って生きると「最高にうまくいって無難な人生」と言われています。
与えられることによって得をしようとしている人は、そもそも常識やルールの低流にいるかややはずれ気味(反社チック)なので、無難な人生もまず手に入りません。

そう。自分の人生とは手に入れるものなんです。
どうすればいいのかわかりますか?
そのためになにをしていますか?

その方法を知りたいですか?
でも、時間とお金、そして本当の自分を大切にしようと思っていない人は、私のお店に来ないでください。

逃げている人にアドバイスは無価値です。
それどころか、無駄な時間を過ごしたと思われかねません。
なので自分に向きあう気がない人は来ないでください。

なにかをしたい、なにかになりたい、お金持ちになりたい、幸せになりたい、と思うとき、

自己否定はかまいませんが、逃避してはいけません。
絶望してもかまいませんが、諦観(あきらめること)をしてはいけません。

自分と向きあうのは楽なことじゃありません。
でも、自分のことがわかっていないと損ばかりしたり、だまされやすくなったりしますので、自分と向きあっておくことをお勧めします。

なにかをしたい、なにかになりたい、と考えた時くらいは、自分と向きあってみてください。
身の程をよく知っておくことが、人生で大きな損をしないための秘訣のひとつです。

身の程を知らないと、勉強も努力もとんちんかんなことをしてしまいがちですので、
是非、自分との向きあい方を身につけて、なるべく損のない人生を目指してみてください。



喫茶柊/柊PROJECT(ひいらぎぷろじぇくと)
渡辺英輔
東京都大田区下丸子1-14-13
03-3759-5408
090-6023-9171
hiiragiproject@gmail.com

MAIL


エンタメ向けホームページ
http://hiiragiproject.jimdo.com/
※渡辺英輔はビジネス向けのホームページを持っていません。ビジネス相談のお問い合わせはメールでお問い合わせの上、ご来店になってお話しください。

━━━━━━━━━━━━━
追記

以下の記事にたくさんのアクセスありがとうございます。

路上で猫にエサをあげるとどうなるか
http://hiiragi1978.seesaa.net/article/432651682.html

この記事は問題提起というほどでもありませんが、多くの人にとって想像の外であろう内容なので、twitterにもリンクさせました。
現時点(1/17 14時)で8000近いアクセスになっています。
興味を持っていただけて幸いです。
不幸な猫を減らす、という文脈を使って考えるのは傲慢かもしれませんが、意図せず猫を怪我させたり死なせたりした本人は、間違いなく気分のよいものではないはずなので、こういったこともあると頭の隅っこにでも入れておいてくださいませ。

お読みいただき、ありがとうございました。

えいすけ



posted by マスター at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 柊PROJECT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

路上で猫にエサをあげるとどうなるか

どうも、喫茶柊のマスター、えいすけです。
最近、お店や家の周りに猫のエサをまいていく人がいて困っています。
もし、すでにまかれたあとでも見かけたら、教えていただけると助かります。猫が。

今回は、とても個人的な義憤に駆られて書きます。

○●路上で猫にエサをあげるとどうなるか●○

猫の死に様に触れず、小さな愛する存在を失った悲しみや、やり場のない怒りの経験のなさが想像力を生まず、無責任な猫好きが猫を殺す、というお話し。

道路で猫は轢かれます。
自動車に、バイクに、自転車に。

無理な横断をしようとして轢かれることもありますが、人になつきすぎてそうなることも多いんです。

路上で、あるいは路上から猫にエサをあげる人がいます。
猫をかわいいと思っている猫好きの人でしょう。

この行為は猫を殺します。
なつっこい猫から殺します。
エサをあげるあなたに一番なついた猫から死ぬ、という確率をあげていくんです。

路上で(公園などでも許可のない人は)猫にエサをあげてはいけません。

路上でエサをあげることは何が問題なのか?と、多くの人に質問をしました。

不衛生、太る、飼い主のあげているエサを食べなくなる、他の猫も寄ってくるなどと答えていただきました。

そう。それで猫が死ぬと想像できる人は限りなく少ないんです。

路上で死んだ猫を弔ったことがないと想像できないのかもしれません。
怪我をした猫を服を血まみれにしながら安全な場所に移したり、放っておけないので病院に運び、安くない治療費を払ったことがないとわからないのかもしれません。
体温を失い、愛した猫がモノになっていくような感覚を経験したことがないと想像できないのかもしれません。

エサを路上でもらうと、路上でエサをくれる人を、猫は待つようになります。
なつくからです。
路上でエサをくれる人を猫が待つのは路上です。
警戒心の強い子は隠れて待ちますが、なつっこい、かわいがられやすい子は、路上で待ちます。

どんな不幸な可能性を想像しますか?

歩いている人に蹴られるんです。歩きスマホの多くなった今、その確率は跳ね上がりました。
スピードを出している自転車は、薄暗い一般道で猫に気付けません。
明るくてもスマホを見ながら自転車を走らせている人もいますから、これは人にも気付けません。
轢かれて息も絶え絶えの猫を赤ちゃんの乗った乳母車で轢いてひきづったお父さんもいました。
注意深くしていても、徒歩にも自転車にも乳母車を押す人にも死角があります。
普通にしていると死角は広がります。
スマホを見ながらだと気付けないことは格段に増加します。猫や人を殺す準備をしているようなものです。
人とぶつかる、ということが何を引き起こすか、あまりに想像力がなさ過ぎです。
そんな人たちは、猫の存在が足元にあるなんてことは想像の外なんだと思います。

猫は思ったより小さいんです。
気をつけていなければ蹴ります、轢きます、踏んづけてしまいます。

猫は人よりももろいです。
靴で蹴ったくらいで内臓は傷ついたり破裂したりします。
そしてすぐ死ぬんです。


太古の昔、猫科の動物が人と暮らすために猫になってくれました。
これは犬も同様です。

狼や小型の猫科の獣が人の安眠のため、収穫を多くするため、広い土地に長く住むため、様々な便利のために犬猫になっていきました。
ずっとそうしてきて、そして、人のほうから犬猫と共に社会を構成することをやめていきました。
1万年くらい続けてきたことをこの500年くらいで急激にやめていった感じでしょうか。

人ほど早く変わることのない犬猫たちは、人と暮らしたり人のそばで暮らしています。
犬猫は、人になつく性質を受け継いでいますから、エサをくれたり好意を持って接し、かわいがってくれる人にはなついていきます。

路上でエサをあげる人は、寄ってくる猫がかわいいのかもしれません。
でも、なんの責任も負わないんです。
猫のほうは飼い主とまでは思っていなくても、家族に等しい感覚で接していると想像できます。
あげる人もそう思っているかもしれません。
でも、それをしたことで猫がどうなるか、想像はできていないのでしょう。
責任を持たない人と関わるだけで、外で暮らす猫は死に近づくんです。

路上でエサをあげている人は、それが原因で怪我をしたことを知ることはないでしょう。
それが原因で死んだと思うことはないでしょう。
死んだことを知って「かわいそう」と言うでしょう。
その原因を自分が作ったと思いつくこともなく。

私は、個人的な義憤にかられてこれを書いています。
そして、とても個人的に問いたい。

路上で猫にエサをあげている人へ。
もし、路上で怪我をした猫を見かけたら病院に運びますか?
死んだ猫がこれ以上、無残に轢かれないよう猫を運びますか?
死んだ猫を弔いますか?(保健所に連絡し、引き取りに来るまで敷地内で安置しますか?)

轢かれる猫を減らすための方法は簡単です。
責任を取れないのなら、猫を自分になつかせないことです。
猫を見かけたのなら、かわいい、と思って見るだけにすることです。

もし、猫と生きたいのなら、そうできるように自分と環境を整えることです。
それが出来ないのならボランティアに登録したり地域活動しているグループに入ったりして、勉強して知識と技術と技能を身につけ、外で暮らす猫と社会の関係を知った上で関わってください。
自分勝手に関わってはいけません。

猫は気まぐれなところも多いですが、好意を持って接してくる人になつくんです。
外でなついてしまった飼い主のいない地域猫は、それだけで死ぬ、というリスクを高めるということを知ってください。
いたずらされやすくなると知ってください。

あなたが原因で死んだ猫がいるかもしれない、と知ってください。
あなたを信じて待ったせいで死んだかもしれない、と知ってください。


私は、喫茶柊のマスター、えいすけです。
最近、お店や家の周りに猫のエサをまいていく人がいて困っています。
もし、すでにまかれたあとでも見かけたら、教えていただけると助かります。猫が。

今回は、とても個人的な義憤に駆られて書きました。
読んで嫌な思いをしたかもしれませんが、想像しにくい物事の側面について書いたつもりです。
ご容赦くださいませ。
posted by マスター at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 喫茶柊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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