2016年07月09日

若者の熱狂と臆病さ

大より中、中より小、小より個を選択してきたようなお仕事をしてきました。
中央よりは辺境、本流よりは傍流。
メジャーよりはニッチ、マジョリティよりはマイノリティ。

ミーハーなところもあると自覚しているつもりですが、好きなモノは多くの人と同じでも、笑ったり泣いたりするところや話したい注目ポイントがみんなと違ってあれ?ってなる。
私にはそんなところがあります。

政治に関してのお話しはあんまりこのブログでは書きませんし、今回も主軸は違うお話しです。
私個人は、意識的に政治性、社会性、庶民性を分別して考えるようにしています。
混ぜると危険だからです。
現代はいったん政治を壊された状態から再生を図りつつ、至近の課題にも取り組まなくてはいけない、というやや面倒くさい世情です。
まあ、壊される前もたいした政治状況ではなかったのですが。

豊かさを食いつぶしながらの時期は、将来の最悪を予感することはできても、なんとなくまあまあの暮らしができてしまうので、危機感はあってもそれを覆す行動に出る、というチョイスに直結しません。
親のすねをかじりながら生きている人のように、いずれ親のほうが早く死ぬことはわかっていても、自立、独立という行動に出れないのに似ているかもしれません。

仕事柄にも出ていますが、私は本流の乗ることや、絶対的価値観などというものとは無縁です。

さて、そんな話しが前提になっているかどうかはわかりませんが、こんな記事のリンクを貼ってみます。


三宅洋平で初めて政治に興味を持った人に一つだけ伝えたい重要なこと
http://agora-web.jp/archives/2020167.html

私は正直、三宅洋平という人をあまり知りません。
長く喫茶店をしている家にいて、フリーランスでアドバイスなどをしているので、けっこうな数の議員や候補者と面識がありますが知りません。

なので、彼について何かを言うためにリンクを貼ったのではなく、記事内容の中で、共感の場に行く若者や熱狂シーンに身を投じる人たちを知的に諭している筆者の観点について書こうと思ったのです。

(引用)『少しだけ立ち止まって知識や考え方を「相対化」してみてください。』

という文章が終わり近くにあります。

それより前の文章も引用しようと思ったら長かったので、とりあえずこれだけね。
(興味のある人は読んでみてね)

相対化してみることに異論があるわけではないですが、筆者の感じた三宅洋平への問題点と同じことを筆者がしてしまっています。
方法論をオーバーラップする、という点で。
筆者はとても知的な人なんだろうと思います。
親切で丁寧です。
この人が思う若者たちが実在するなら、です。

芸能関係でもお仕事をそれなりにしているので、小学生から20代の人たちともよく会いますし話します。
その実際の感覚と現代の学生さんたちの様子から思うに、若者たちは想像以上に臆病です。
大人以上に人と違うこと、変化することを怖がります。
共感の場に行く若者や熱狂シーンに身を投じる人たちは、普段の生活ではそれぞれがまるで違う価値観の中にいます。

私は、選挙フェスに参加した人のうち、投票に行ったことのない人の半数以上がやっぱり投票に行かないと想像しています。
投票に行くとしても、家族、普段の生活のほうの友人、仲間などの人々の意見、普段の生活から感じている社会などを直感、思考などでとらえ、「相対的に」判断して、普段の生活に近しいほうの選択をするでしょう。

熱狂や共感をしやすい人のほうが洗脳は浅くかかり、知性なく疑いを持って「私はだまされない」と思っている人のほうが洗脳に強くかかる、と聞いたことがあります。

熱狂や共感の場は、ひとつのことに夢中になって他人なんて気にならない人以外にとっては日常の彩りのひとつです。

リンク先の筆者が書くまでもなく、選挙フェス以上に人が集まった演説はたくさんあります。
今回の参院選の最中でもあったことでしょう。
そうした演説の中に身を置いたことがない人にとっては、こんなに人の集まる演説は見たことがない、になるのは当然です。なんでも初めてはあるものです。
そして、本当に本流になるなら、それはそれで事実として受け止めるべきでしょう。

若者が若者たちになった状態を賢いというつもりもありません。
若者に理解のある大人でもないですし、理解できるとも思ってません。

私が感じるに、20代までの若者のほうが保守的です。
変化を嫌っているわけではないんでしょうが、考えが先に立って、周りを気にして動けない感じです。
そして、動く時、周囲にあわせてしまう。

これが私が若い頃からずっと続いているような気がします。
何かが大きく変わったとき、どの層が主に動いたかを調べるとわかりやすいですよ。

このリサーチをして「セールス」すれば、泡沫候補でも善戦できたりするんですが、なかなか皆さん羞恥心がお強いので…



終わりに。

豊かさを食いつぶしながらの時期は、将来の最悪を予感することはできても、なんとなくまあまあの暮らしができてしまうので、危機感はあってもそれを覆す行動に出る、というチョイスに直結しませんが、せめて本当の自分に向きあう機会をちょこちょこ持ってほしいな、と思います。

そうすれば、選挙があっても投票すべき人や政党は、「その時々で」すんなり決まるものだと思いますよ。


posted by マスター at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 柊PROJECT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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