2014年07月26日

柊の花 知ってますか?

どうもえいすけです。

他のWEBツールでお知らせしたり、
大田区下丸子町会の掲示板に書かれたりしているとおり、
母が亡くなりました。
7月24日午前6時45分。

最後まで、かっこよかったです。

書けば書けるんですけどね、回顧録とか闘病記とか、
小説2〜3本分くらい(笑)

でも、今はWEBには吐き出さずに、
母を少しでも知っている人と会ったときに、
お話しをしていきたいな、と思ってます。

ドラマでもこうはかっこよく終われない。

そんな人生の終わりの近くにいれて、
なんか、誤解されそうだけど、すごくよかったです。


喫茶柊はもうちょっとお休みしますが、
こっそり夜だけ開いてるかもしれません。


ArtWork

喫茶柊 昭和58年(開店時)の一文

柊の花 知ってますか?
秋になると白い小さな花が咲きます
それは決して目立たないけど
見る人に清々しさを与えるのだそうです


喫茶柊をそんな店にと願った人が、
それをかなえて逝きました。


P1090722s-.jpg



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2014年01月21日

あたりまえのことができない人ほど目新しいものを欲しがる

最近、少し足腰の調子が悪く、私の体調に合わせて動いていただいた方々に厚く御礼いたします。

かねてより、ようやく歩けているような私ですが、いささかでも頼みにしてくださっている方々がいるのは、日々の彩りや励みになっております。

ありがとうございます。

喫茶柊夜の部/柊PROJECT
http://hiiragiproject.jimdo.com/

ブログなどでもさらしている大病以来、アドバイスや仲介などがメインの業務になっている。
また、小ぶりな店なので、平日夜は喫茶店のマスターをしている。

このアドバイザーという部分については、お仕事にならぬ限り、私という個人と会っていてもその境界はあいまいである。
お仕事になっていなくても礼節を欠いていたりすれば、露骨にその部分を隠すようなガキくささもあるし、おもしろいとなれば費用以上の働きをするようなやんちゃなところもある。

とはいえ、ホームページにベーシックレクチャーという項目を追加したりしている。
基礎に注目するあたり、ずいぶんと中年も極まった感がある。

死ぬまで精神と年齢のバランスなどは、誰もが取れないものだろうな、と自己弁解に似た気持ちで思うものである。

さて、アドバイスといっても様々あるが、私の場合は、平凡なことを言う。
よく知られた名言、格言、過去から親しまれている助言などを創意工夫して組み合わせて使う。
多くのそういう立場、職分の人はそうであろう現場をよく見聞きしているので、平凡なことを言うのは私に限ったことではない。

アドバイスをするのだから、事業、活動、個人について批判や批評もする。
非難や否定とは違う言葉ということくらいはわかっていると思いたいが、どうやら現代の大衆メディアでは、正しい批判や批評というものが埋もれてしまっているので、読んでいる方でそれぞれの言葉の意味に自信がない場合はよくよく調べておくように。

いわば入り口の前の前説みたいなものだが、ここで途切れることがよくある。
それ自体はかまわない。選択する自由は誰にでもある。
そもそも、いきなり依頼されるような職分に私はない。

そんな中、いつされても新鮮な驚きがあるのは、よくわかっていないものを、浅い才覚やわずかな主体的経験で判断してしまう人の言葉や文章に触れるときだ。

より驚くのは、そうした判断をしたならば、どんなに非礼を働いてもかまわぬ、と考え、実行できるところだ。

かなり数多く、私の周囲では未払い、ということが起こっている。
コンサルタント、アドバイザー、士業などなど、枚挙にいとまがなく、増加傾向にあるとさえ感じる。
芸能界の関連も知り合いが増えたが、映画監督、振り付け、メイク、脚本、写真、コーディネート、アシスタント業務、音響、照明、各種サポートまで含めて、異常な話しをよく聞く。

私も様々くらっている。

それをされたからといって、たちまち餓死する、といったものではないが、その前後を含めて、多かれ少なかれ精神的に傷を負うので、日常の障りや業務の妨げになっているのだと想像はして欲しい。
まあ、できるようならこんな文章を書く必要も無いのだろうけれど。

自己正当化のためにリアルやWEBで追い討ちをかける者までいる。
こうなると立派な犯罪なのだが、当人は気付いていない。

報告、連絡や伝達が自分本位で、迷惑がかかることを想像できない。
思想はあっても己の都合だけのもので、知識や常識といったものが情緒や情理とまるで乖離しているので、どれほど意欲があっても思うように物事が進まない。おおむねそんな人だと分析できる。

こうした困った人がいくら物事が進捗しなくても知ったことではないが、問題は、周囲が巻き添えを食らうことだ。
一緒に事業や活動をしようとした人はもちろん、同業、同ジャンル、同カテゴリーの評判まで悪くしていくのだから始末に終えない。
金銭が絡む絡まないに関わらず、訴訟のようなことも起こっているので、よくよく世の中の仕組みや自分と相手とのあり方を学んでいただきたいものである。


多くの人から発せられるアドバイスは平凡だ。
平凡に聞こえるだろう。

目新しいこと、気の利いたことを期待してるのかもしれないが、長短いずれでも、人生で見聞きしてきた名助言を実行してこなかった者は何を伝えたところで学びになるまい。
習ったことにも当然ならないし、慣れよう、続けようともしない人に、助言は不要だし不毛なのである。
骨折りを損とも思わないしくたびれくらいの儲けは出る。
くらったものだけが得ることの出来る教訓というメリットだ(苦)

はるか昔から、名助言の内容は、論語であれ武芸の心得であれ本質的に変わらない。
装丁や言葉を変えてでもあり続けるのは、人々が進歩も変化もしていない証のようでもある。
毎日のように出続けるダイエットネタがずっとなくならないことに類例を見れる。

それでもかすかにでも受け取るものがいるから、人の世には傑物が生まれ続けもするのである。
その生き様に惹かれる人たちが続くのである。
スターとファンの関係もそのようなものであろう。


知識や情報を活かすのには、必ず物事の筋道を通さねばならぬ。
これを情理という。
創造や構成には情緒や情感が広く深くなくてはならぬ。
技術や機器は、使うものによって神にも悪魔にもなるから、倫理や道徳心がなくては正道をはずれる。
資本は投じねばめぐり戻らないことから目をそらしてはならぬ。
義務や恩も同様である。

これらを情操という。
情操に教育とつけることで、家庭や社会、現代教育で教えようとする立場によってゆがんでしまっているところもあるが。

情操が今の時代にだけ足りないというつもりはない。
いつの時代も、情操は足りていることがない、とはいえる。
昔はよかったなんてことはまったくなく、むしろ、現代のほうが人々はまじめでおとなしい。
犯罪の総数もこの国では減少傾向にある。
マスコミにたたかれやすくネットの普及もあって目に付きやすくなったが、官僚や芸能界での犯罪件数もきちんと減っていることがデータでわかる。

この情操、個々人の感覚や感性によるところが大きい。
しかし、確実に言えるのは、会得しているものだけが、ようやく、知識や情報、技術や道具を意欲、やる気のようなものとつなげることが出来る。

これを私は、門に入る、といっている。

夢や目的のために踏み出してからその門に辿り着くまでに至らない人が圧倒的多数である。

踏み出し、人と関わり、進もうとしたときに足りないことに気付く。
ここが門前ということになろう。
続けるかやめるかの大きな選択肢がここにある。

このときに情操のかけらがありさえすれば、なけなしの想像力をフルに使って考え、もがきながらも続けられる人になり、先に行くもののわだちが見え、続く人たちへの示しともなる。

あたりまえのことができず目新しいものを欲しがる人は、踏み出す前にすでにやめているか、踏み出したことで満足してしまっている人なので、先人の残してくれている道をたどることはない。

平凡な言葉にこめられた本質に触れることなく無限だった可能性をなくすのだ。


成果を出す、成功する、という、前の前の話しだが、好いものと出会い、それになろうと思ったのなら、今回のような、ありきたりで平凡な話しからも目をそらしてはならぬよ。

えいすけ
@hiiragi1978

喫茶柊夜の部/柊PROJECT
http://hiiragiproject.jimdo.com/
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2013年11月21日

経営者やリーダーが見るべき部分〜現場の事実、人間、感情

喫茶柊夜の部/柊PROJECT
http://hiiragiproject.jimdo.com

喫茶店のマスター他、の「他」について
http://d.hatena.ne.jp/Eisuke1102/20130630/1372611288
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「経営者やリーダーが見るべき部分〜現場の事実、人間、感情」
ビジネスアドバイザー 渡辺英輔@hiiragi1978


この20年で現れた職務や権限の7割が人間的仕事だ。
今後20年、これはより加速し、創出される仕事のほとんどが「人間にしかできない仕事」になっていくだろう。

問題は、従事できる人間を育てるのを怠ってきたことだ。
仕事があってもできる人間がいない、というほんの少し先の未来が懸念される。

似たような理由で、現在のように土建的インフラが必要なとき、この20年で何十万社もなくなったあとで、仕事ができる企業や人がいない公共事業の姿がある。

タスクで管理し、数字で判断する世の中は、おろかな判断をすることが多い。
アホなことに、「受注できる会社が少ないから公共事業費をさらに削減」する、と財務省は言っている。

端的ではないか。

階層型社会の弊害は「現場の事実と人の心の中」を見ないことにある。

国の借金で言えば、公共事業に関してはほぼ横ばいで、一般債務は右肩上がりだ。
将来への投資は回収が長期にわたってなされ、さまざまな雇用も需要も生むのにそれをカットし、場当たり的な歳出=掛け捨てばかり行えばこうなるのは中学生でもわかる。

この国は明らかに病んでいる。

しかし、他の多くの国家に比べて救いはある。
日本は戦争を放棄しているし、内戦になる気配も今のところないからだ。

手の打ちようはまだまだある。


フリーランスのアドバイザーとして長らく、さまざまなビジネスと関わると、ビジネスでは相手を尊重し、人間らしさを持った人が幸せそうに働いていることがわかる。

健やかに働いている人には、非常にシンプルな考え方をしている人が多い。

難しいこと―高度な計算や複雑な造型、高速な作業は機械がこなせるようになっている。
機械ができない仕事が今後、重要になるのは自明の理だ。

書いたように、この20年で現れた職務や権限の7割が人間的仕事である。
今後20年、これはより加速し、創出される仕事のほとんどが、人間にしかできない仕事になっていくだろう。

この意味でも、私はエンターテインメントにじかに触れる機会を多くの人々に持っておいてもらいたいと思う。
「人を楽しませる」現場には、観客の立場であっても多くのビジネス的な発見がある。
その多くに反面教師的なものも含まれるかもしれないが。
エンタメの現場に足を運ぶ人、あるいは社会人でありながらエンタメにも関わる人は、飛躍的に学習の機会が多く、柔軟で即応型の思考を手に入れることができる。
とりわけ「広報」という観点は、専業している人よりも外部から見たほうが客観と検証がスムースだ。

管理職はお荷物

現代、ほとんどの企業が知りながら、そのありのままの真実から目を背けている問題がある。

旧来の管理職の不要さだ。

企業や商品にとっての顧客や傍観者が、会社の中にいる管理職よりも知識、知見が高くなった結果、現場にとって、管理職はよけいなお荷物となった。
階層型組織の経営者やリーダーから押し付けられる外的なモチベーションへの意識的、潜在的反発を現場勤続者に引き起こさせ、企業の推進したいベクトルに勤続者が沿わなくなり、収益を大きく阻害することにもつながる。

意思決定の遅さ、創造性の阻害、責任回避のための隠蔽連鎖、企業や上司との非共感、不信感。
上記のような事実を列挙すると、今後利益が出そうもない、出たところで長続きがしにくそう、と感じるだろう。

顧客の企業や商品の評価はとてつもなく速く下され、市場を席巻する。

この市場現場での高速さに対し、売れない商品をひとつ上の上司にも「これは売れません」と伝えられないおろかさが、階層型組織にはある。
階層型組織のまま、評価主義を取り入れると会社は破綻に向かうことがこの20年で明らかにもなっている。
創業時リスクを負っているブラック状企業を除く、タスクと数字に支配されたベンチャーや急成長を遂げたブラック企業がおおむねこの有様である。
有名なネット販売大企業も安い衣服を揃える大企業も、あの外食産業も同じ状況に陥っている。
しかも共通するのは、なるべく日本に納税していない点だ。
日本人から収益を得、海外に納税するとなると市場の原則がおかしなことになるし、雇用や景気に貢献していないことになり、恥ずかしい大企業といえる。
余談だが、国内貢献をしていない企業はバッシングされたときに誰も守らないし、会社が傾いても誰も手を差し伸べない。

階層型組織のまま、評価主義を取り入れると会社は破綻に向かうことは、駆け出しのコンサルタントでも知っているし、インターネットが生まれたころから身近にある現在の新卒者には当たり前の事実だ。
現代の学校生活でミニマムな社会の縮図を体験していてもわかるし、家計を支える主婦や主夫にも実感としてこの破綻が見える。

階層型組織を人々は信頼もしないし、信用を得られない。
これは勤続者であっても同じだ。

こうした事実が見えていないのは経営者や管理職となる。
国でいえば行政に関わるトップたち、といえるだろう。

現場の事実と人の心の中を見れない者たちは、企業や組織には不要となっていく。
悲劇的なことに、こうした人たちは、会社が倒産したり、失脚して組織を離れた時、管理社会になれ、現代の企業が必要としている人間力が不足しているために、同等のポストはおろか、再就職すらままならない貧困者よりもキツい敗残無業者となるだろう。

戦後日本人の悪癖

日本によくある「物事を読み飛ばして取り入れる」、「表面だけなぞって真似て失敗する」というクセみたいなものがある。
幕末(開国)以降、成功例も少なくないが、日本本来の気質にあわないものも多かった。
恋愛結婚、個人主義、核家族が近年では「新常識寿命30年」の例に漏れず破綻傾向だ。
そういう意味では閉塞的共同体(ネットのコミュやカルト商法)も晩年が近いか。

さて、本来の日本的良さまでなくし、すでに息切れをはじめた中に、「評価主義」と「収益の効率化」がある。
これも常識となって20年余が過ぎた。
日本企業や組織の場合、形だけ取り入れているところが多く、気質的に根づいていないので、改善、破壊(※)の時期に入っていると確信している。
※破壊的イノベーションやイノベーションのジレンマからの脱却

タスクで管理され、数字で評価されるシステムを階層型組織に取り込むと、情報の改ざん、隠蔽が組織全体で起こりやすくなる。
効率化の本質的な意味を読み飛ばして取り入れてきた結果だ。
終身雇用制以外でも「家族」感覚で能力の伸び悩む者伊、弱者、敗者を受け入れることは可能だと示されていたのに、そこはスポイルした効率化は人を育てず、むしろ多く殺した。

評価は組織が大きくなるほど個人を見なくなり、同じA評価でも不公平感が伴う。
ズルをした者が高い評価を得るなどの実体験をしてきた人は多いのではないだろうか。

現場の不信感やストレスは、いまや経済生産の根幹を揺るがすレベルだ。

先んじて効率化を果たしていったアメリカは家族的な付き合いや情緒を重要視している。
社交、外交性に富み、リーダー育成やカスタマーサービスに巨大な予算を投入してきた。
そのほうが組織に正社員、フリーランスが混在していても「有機的」になり「効率化」されるからだ。
フリーランスだらけでも企業文化や伝統は守ることはできるのだ。

リーダーが見るべき部分

身軽な企業なら取り入れやすいと感じるだろうが、事実と向き合い、人と向き合うことは巨大な組織ではやれないことだろうか?
答えはイエスだ。
すでに行っている超巨大企業がその証明になるだろう。

超大手コンビニ、世界的トップクラスの自動車企業、旧態は専売だった大企業などで、「現場の内的モチベーション」を上昇させ、顧客や地域の満足度を多種多様に満たしているところもある。
厳然たる事実があるのだから、「できない」というのは現実に背を向けた経営者や管理職が幅を利かせているからだろう。
さっさと追放してしまえ。


リーダーが見るべき部分は、人間であり、感情だ。
現場先行のシンプルな職務と権限、直感対応力、創造的なポジショニング、感覚的なデザイン、機械やデータではできない直接対人交渉。

企業にとって利益をストレートに生む価値ある経済生産活動は、人間にしかできない職務と権限によってなされている。
でなければ、すべて国営であっても誰も文句を言わなかっただろう。

ギクシャクとしながらではあったが、日本は悪い方向にだけ進んでいるわけではなく、多くの新芽や若木のようなセンスが個人にも企業にも息吹き始めている。

まだまだやれる。



フリーランスとして長らくビジネスと関わってきた。
相手を尊重し、人間らしさを持った人が成功者だと私は思う。
なぜなら、彼らは幸せそうに働いているからだ。

非常にシンプルな考え方をしている人が多い。
しかし、そこに行き着くまでは試行錯誤を繰り返し、ぶつかり、へこまされ、我慢し、それでも続けられる内的な動機(モチベーション)がある。
そして、今、この瞬間も悩み、愚痴り、投げ出したい衝動に駆られ、お金のあるなしに懊悩し、人と話すことに緊張しているはずだ。

このシンプルな向き合い方には、自分でリスクを取らない限り、永遠になれない。
現実や事実と向き合うのは辛いが、楽しくない人生よりもよほどマシだと私は思う。



最後にもうひとつの事実を書く。

人前ではシンプルに仕事をこなし、楽しそうにしている人でも、親しい友人や信頼できるパートナーの前では女々しく、弱々しい普通の人間であることが多い。
これは、私の職務上、知りえる事実だ。






【お問い合わせ】
渡辺英輔
hiiragiprojecthosi☆gmail.com
☆→@
posted by マスター at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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